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<<   作成日時 : 2011/09/15 23:38   >>

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今日のエントリーはかなり渋い音楽なんで、若い人にはキツいかナ・・・・・


ダウヴァ・ヂ・オリヴェイラ  (1917〜1972) サンパウロ生まれ


実は エリゼッチ・カルドーソ という大歌手について書こうと思ってたんですが、ボサ・ノヴァ以前のブラジルの大衆音楽について知る必要があると思い、
この人のことを先に調べました。 エリゼッチより3歳年上で、亡くなったのもエリゼッチより18年も早かった。
だから、どうしてもこの人はエリゼッチより一世代上の音楽のように聞こえてしまう。

オレもそうなんだけど、ボサ・ノヴァとかMPBからブラジル音楽に入門した人が、どこまで遡ってブラジルの古い音楽を聴くのだろうか?

戦前に北米で活躍した カルメン・ミランダ (1909〜1955)はどちらかと言うと俳優だし、おそらく普通はエリゼッチくらいまでだろうと思う。
ネット上でもエリゼッチ以前の歌手について語られることは、日本語のページではほとんど見当たらなかった。

オレにとっても ダウヴァ・ヂ・オリヴェイラ は未知であり、今日初めて聴いてみた。 そこで思ったことなどを書いておきます。


戦前から歌っていた ダウヴァ は40年代後半、ソロ活動開始とともに人気が出てくる。
まずは50年代の録音から。

ちょっとバックの演奏とか、歌い方が古めかし過ぎるんだけど、歌手としての技量を味わってほしい。
いわゆるサンバ・カンソンというか、ブラジル大衆歌謡とは、ボサ・ノヴァ時代到来まではこんな感じが主流だった。


1955年、ピシンギーニャの曲、ボサ・ノヴァ誕生前夜。





どうも、サンバ・カンソンてのはヨーロッパ、特にフランスあたりの音楽に似てるよな。
典雅というか優雅というか・・・・・ エディット・ピアフとかのシャンソンに通じるものがある。
北米には無い世界だと思う。

そして62年、ボサ・ノヴァ・ブーム真っ最中にもこんな唄。 たしかにこの歌唱法でボサ・ノヴァは無理か・・・・・





ボサ・ノヴァ誕生が58年だから、その時ダウヴァは41歳、すでに新しいスタイルの音楽を取り入れられる歳ではなかったろう。
同時にボサ・ノヴァなんか聴かない古い世代からは、従来のスタイルの音楽として、ダウヴァ の人気が衰えることは無かったと思う。
ボサやMPBなど、新しい自由音楽へ一切歩み寄らなかった点では、彼女より少し若いエリゼッチより徹底している。

ボサ・ノヴァ以前の旧世代の代表みたいなダウヴァであるが、年代的にはエリゼッチから戦前生まれくらいまでの歌手たち、すなわちドロリス・ドゥラン、マイーザなどはサンバ・カンソン歌手としてデビューしたのち、ボサ・ノヴァを取り入れていく過程において、おそらく幾分か葛藤や悩みがあっただろう。
その点、ダウヴァは幸福であったと言えるかもしれない。

亡くなる直前、71年。 MPBの全盛期、ブラジル・ジャズもポップになっていった時期にこの大時代な熱唱・・・・・
しかしこのアルバムは、55歳で亡くなってしまう彼女の歌手人生の集大成のように聞こえて、オレはけっこう感動しました。
二曲どうぞ。








え〜っと、こういうの聴けない人はエリゼッチ・カルドーソは無理かも・・・・・ まぁ、オッサン限定てことで、近々紹介します。


(歌手のペリー・ヒベイロはダウヴァの息子です)




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