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<<   作成日時 : 2016/04/02 23:47   >>

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亡くなってもうすぐ3年、ジョージ・デュークへのトリビュート・アルバムをアル・ジャロウが出していることを知って、30年ぶりにアル・ジャロウを聴いていた。

1940年ミルウォーキー出身、今年76歳か・・・・

75年にファースト・アルバム、ユニークな歌唱が話題になったが、オレが聴きだしたのは76年の2nd からだ。
そのアルバムA面一曲目、こいつのカッコ良さにシビレれたのを思い出す。 今回30数年ぶりに聴いても、それはいささかも変わらない。
原曲はリオン・ラッセルだが、デレデレした原曲をはるかに凌駕した。






続く78年の3rd アルバムも佳曲が多い愛聴盤だった。
これもA面1曲目からかっこいい。 この時代の西海岸、この手の音楽のフレイヴァーが懐かしい。






同じアルバムから。 印象的なフリューゲルホーンは大御所フレディー・ハバード。
そう、この人はジャズ・シンガーに分類されていたのだった。 
というか、あの歌唱はマイケル・ジャクソン以前の時代、ソウル・ファンからはソウル・シンガーと認めてもらえなかったということか・・・・?
だけどこのジャズィーな曲では逆にきちんとシャウトしてますな。






もう一曲同じアルバムから。 2:51からの20秒におよぶロングノートが盛り上がる。




(以上の4曲はすべてドラムスが秀逸で、叩いてるのはジョー・コヘーロという人。 アル・ジャロウ初期の3枚は全てこの人だが、他では聞かない名前である。)




75年にデビューとなると35歳だから遅咲きの部類だろう。 ソウル・シンガーだとすれば声量のピークは過ぎてる年齢だ。
この独特の小声というか、シャウトしない唄い方はそれをカヴァーするためなのか、と思うのは無理もない。
ところがこのあと80年の4thアルバムからは、声が大きくなる印象で年齢は関係ないことがわかる。

しかし80年以降のアルバムはバック演奏やアレンジがこの時代のアメリカ音楽全般がそうであったように、非常に陳腐で低俗な音造りになってしまい、ジャロウのボーカルが台無しになってとても聞けたものでなくなるのが残念だ。 
こうして30数年間アル・ジャロウから遠ざかって現在に至るわけだが、最後にジョージ・デュークに捧げたアルバムから一曲聴きます。デュークの80年のアルバム "A Brazilian Love Affair" に入ってた曲ですな。





ジャロウとデュークは60年代には一緒に活動した親友だったようで、こうしたアルバムが出来上がった。
ただ内容的に特にどうという事も無いというのが正直な感想で、むしろ80年以降今日まで全く聴いてこなかったジャロウをぼちぼち聴いてみようか、と思った。











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