Gloria Estefan




え~、では気分を変えて、アメリカの中のラテン音楽についてちょっと考えてることなど・・

グロリア・エステファンは「マイアミ・サウンドマシン」というイカす名前のバンドで歌ってた。
亡命キューバ人家族の出身で80年代後半に活躍、まぁ出稼ぎ組、ヒトハタ揚げよう組と言える。 事実ハタが上がって良かったですね。

80年代音楽ってのはディスコブームのあと、例の商業主義に汚染されてた時代とも言えるが、当然素晴らしい音楽もある。 マイアミ・サウンドマシンはラテン・リズムを前面に出したバンドで、ポップで商業的な成功も収めつつ、音楽性は最高レベルとまでは言えないにしてもけっこう高く、聴くに値するグループだった。
僕もLP一枚だけ持ってます。

オレより一歳上のグロリアが最近はキューバ音楽に回帰している。
かなり渋く歌ってるのを知って「ああ、この人ホンモノだな」と思ったものでここに紹介する次第。
(動画は93年頃だから最近とは言えない)

アメリカっていう国はスペイン語を話す人が多くて、ヒスパニック人口は増える一方だとか。
だからスペイン語の歌もOKだし、音楽的にもメキシコやカリブ海北部、すなわちプエルト・リコやキューバと言ったスペイン語圏の音楽はアメリカ音楽の一翼をになっている。

だけどラテン音楽って、意外にアメリカの白人音楽とも黒人音楽とも相性が良くない気がするよね?
白人音楽と黒人音楽が影響しあって混ざり合ったような現象が、ラテンとの関係においては薄いと言っていいような・・・

アメリカ白人でブルースやジャズやった人はすごく多いけど、ラテンを真面目にやった人って少ないんだよね・・・
やるにしても、ひとつのアルバムに限って「ラテンに挑戦してみました」的なのとか・・・
ラテンを血や肉にしようとして取り入れた人ってホントに少ないと思う。

となると、北米音楽とスペイン語圏・中米音楽って何が障壁になって交わりにくいんだろうか?
いやグロリアとか他の中米人のほうは逆にずいぶん北米音楽に歩み寄ってるんだけど、アメリカ人のほうは
あまり歩み寄らないんだよな・・・

何が言いたいのか。つまりアメリカ音楽って意外にイギリス以外の国の音楽から影響を受けないのでは?
あるいは、あまり興味が無いのでは? と言うこと。

よく北米は人種のルツボではなく、サラダボウルだ、って言われてますね。
ルツボってのはごちゃごちゃに混ぜ合わせて混血が出来るけど、サラダボウルだとレタス、キュウリ、トマトが
それぞれの形を保ったまま共存してる、でも混じりあってるわけじゃない、ということです。

北米でスペイン語系の音楽がヒットするのはヒスパニック人口が多いというのが理由なのかもしれない。
例えばグロリアのヒット曲、「コンガ」のライヴを見てみると確かに観客は黒い髪の人が多いような・・





それにしてもこのライヴ、凄いですな・・・・ ここまできっちりとライヴで決められるヒトって多くは居ないですよね。
そう、グロリアに話を戻しましょう。

彼女が Miami Sound Machine で北米音楽に歩み寄ったのは当然ビジネス的な理由だったろう。キューバ音楽をアメリカ風に洗練させたとも言える。「売れる」ためにはそれしかない。

だけど実際売れてみて、ある程度の歳になった時、方向転換がなされる。 自分の血から出る音楽を追求したくなったのだろう。 ヒスパニックの多いアメリカではビジネス的にもそれは許される。 そしてソロになってからの彼女のスペイン語の歌は格段に良くなった。 (マイアミ時代は基本的に英語)

やはり、アメリカは、そしてアメリカ音楽はサラダ・ボウルだった。

英語が出来ないアメリカ人もいる。スペイン語人口はきわめて多い。ある意味文化的にはアメリカの中の別世界だ。 否、アメリカとは文化的にはいろんな別世界の集合体なのかもしれない。 その中で英語を話す黒人と白人は意外に音楽的には親和性があったと見ていいだろう。

では中米音楽と北米英語音楽の親和性の低さは言葉の違いによるものなのか?

そのとおりだろう。 ただし言葉の違いとは背負う歴史・文化の違い、価値観の違いでもある。最終的にはイギリス対スペインの歴史的な確執まで考察せざるを得ない。 それほど大きなものだ。

ちょっと話が難しくなってきた・・・・ 続きはブラジル音楽を語る時にでも・・・ 汗

なんだか上手くまとめられない。
しばらくアメリカの中のラテン音楽を聴きながら考えたい。 ちょっとつきあって下さい。

(続く)






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