Todd Rundgren (5)





え~っと、トッドに会う話、会ったあとにじわじわクる人でした、という話です。

81年のソロ作から "Healer" を聴きながら・・・・

あの頃毎年トッドのコンサート行ってた訳だけど、92年のサンプラザは友達と二人で行った。
コンサートの間中、大声で応援とかアジテーション入れてて、オレ声が大きいからちょっと目立ってた。

なにせ、ユートピアのジャパン・ライブのアルバム、オレの声入ってるんで (笑)

曲の合間に、ユートピアの4人の名前を代わるがわるに呼んだんです。

それで興奮のコンサートが終わって、場内が明るくなっても放心状態でしばらく座ってた。

そしたらPAやってるユートピアのPAチームが近いことに気づいた。
話かけたら「あんたはトッド以外のメンバーも公平に応援してたよね」 とけっこう好感持って迎えてくれる。

そんで「オレ、トッドに会いたいんだけど無理かな?」 って訊いたわけ。

「いや~、コンサートの後は疲れてるだろうから無理だよ~」とつれない返事。


引き下がるしかない。

でも・・・・・

ぼーっとなって見てたら舞台で片付けが始まってる けっこうな数の人が舞台を出入りしてるんだよね。

サンプラザのステージって両端に階段がついてて、客席から上がれるようになってる。

友達に言ったんだ 「オイ、これ、ドサクサにまぎれて楽屋まで行けるんじゃねーか?」

それで舞台のソデから登って二人で平然とバックステージに行けたの。
トッドのコンサートの観客って平均でも30代以上だから、若い熱狂的でクレージーなファンっていないんで、警備も手薄だった。
当時オレは長髪で、今よりもっと小汚い格好してたから、なにか音楽とか舞台の関係者にでも見えたんだろう。

中に入って楽屋を発見したから、出来るだけ平静を装ってドアをあけて、ずかずか入っていったの。
15人くらいはいたかな・・
部屋の真ん中にクーラーボックスがあってビールとかジュースとか・・・

もちろんトッドたちも飲んでた。

オレはさも当然という顔で缶ビールを一本とって飲み始める。
知らない者同士がほかにもいたようで、誰もオレと友人を不審者扱いで見はていない。

そこでユートピアの連中に接近。 まずはドラムのウィリーをつかまえる。
バイクの話になったのは以前書いたとおり。

次はキーボードのロジャー。 どうもこの人はオレがスタッフではなく、ファンの一人だと察知した様子。
だけど気さくに話してくれた。 「皆のことを応援してくれてありがとう」とここでも言われた。
話しながら、この人真面目な人だなぁ、と思った。

そしてベースのカシム。 「オレも昔ベース弾いてたんだよね」 って言ったら

「また弾けばいいじゃん」

って軽く、しかもちょっと励ますような口調で言われたんだ・・・・
「そうだよな、またいつか絶対弾かなきゃな・・」 って思った。
ちょっとグっと来ますた。

3人とも全然ロック・スターっぽい振る舞いはなくて、気さくな連中という感じ。

さて、トッド。

なんか人が増えてきたんで、トッドと二人で廊下に出て話しをした。
眼の高さがオレと同じだから似たような身長だ、と気づいた。

それで何か内容は忘れたけど、ちょっと雑談してからね、こう言ったの

「長年あなたのファンなんですが、良いインタビューって見たことないんですよね。
オレ雑誌に連載持ってるんで、それ用にインタビューさせてくれませんか?」

そしたら、
「いや明日帰るから無理だよ」

と断られた。

で、あと二言、三言、何を話したか憶えてない。
この間わずか2~3分だったと思う。

あまり長居して怪しまれてもナンだから友達と早々に退散。
別にサインをもらうでもなく、ただトッドやユートピアのメンバー達と話が出来たのが嬉しかった。

それで次の日から、あれほど毎日聴いてたトッドのレコードを全く聴かなくなった。

何故かな・・・・・・? 

おそらくトッドのこと、神様みたいに思ってたんだろうな・・・
でも会ってみたら普通の人だったんだよな・・・・・・

___________________

ロックってそういう音楽なのかもしれない。

トッドの音楽は宮沢賢治の童話みたいで、すごく良くできたジュブナイル(少年向け小説)みたいなもんだな、ってその後しばらくして気がついた。
いい大人が童話ばっかり読んでても始まらないと言うか・・・・ もちろん、大人になってもたまには宮沢賢治も読むけどね。

そのあと "No World Order" ていうアルバムが出てCDで買って、全然イマイチだったこともあって、トッドとは19年くらい切れてしまった。
なによりその後に引越してからLPレコードを聴けなくなってしまったのも大きい。 

(再びちゃんとLP聴けるようになったのは昨年からで、久々に呑みながらLP聴いて、この「音楽部」構想にもつながった。)

あれはオレが34歳くらいの時だったから、トッド、なかんずくロックに一区切りつけたのは人より遅かったのかもしれない。

だけど、トッドがオレにくれたメッセージは 

「オレは神様じゃないよ。 次はオマエが何かやれよ」

という事だったのかもしれない。 いや、オレは勝手にそう思った。
だからその3年後にオレは学校を始めた、って言うとカッコつけすぎかな (苦笑)

そうしてトッド以後、しばらくは熱狂的に聴く音楽も無くなって、心に隙間風が吹いてるような状態・・・・
若干の虚脱感とともに、その風を吹くがままにしておいた。

そうしたら心に響く音楽が向こうからやってきた。 

それまでとは違う響き方で心の琴線に触れたのは
ジャズ、
ヴァン・モリソン、
そしてブラジル音楽だった。

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さて、トッドはこれで一区切り。 今までのオレとトッドの関係について赤裸々に語りすぎてしまい恐縮です。
トッド始めてからコメントがほとんど入ってないもんね・・・

次回は第6回、オレの19年の空白期間にトッドがやっていた音楽、トッドの最近の動きなどを見る予定です。 

でも、ちょっと疲れたので、間に息抜きで別の音楽を語る予定。

お別れは数あるトッドのヤバい音楽の中でも危険度最高レベル、「取り扱い注意」 のアシッド・ミュージックを・・・・
85年のソロ作、楽器さえ使用せず、全てトッドの音声のみを加工して作られたアルバム "A Cappella" より






この記事へのコメント

ynizm
2011年02月21日 12:38
私の神は友部正人でした。
http://www.youtube.com/watch?v=R55-Z7JDkFQ&feature=related
別れたカミサンと、吉祥寺のスターパインズカフェや下北沢で何度も聴き、京都の磔々まで追っかけて行って聴いたものです。
別れる時カミサンは、友部正人の歌詞はモラトリアムの人間にはきつ過ぎるといって出ていきました。
今ではほとんど友部正人を聴く機会がなくなりましたが、たまに神の声を聴きたくなります。
http://www.youtube.com/watch?v=2qxNhA3DIFw&feature=more_related
好調
2011年02月21日 22:15
友部正人は僕にはよくわからないですが、ディランの影響を感じます。詩にセンスを感じますね。
fjt
2011年02月22日 02:25
楽屋に突入した話、何度聞いても痛快です。
まさにadventures in utopia ですね。
あの時の私は、4人のぶ厚いコーラスとtodのギターフリークぶりに痺れた夜でした。

好調
2011年02月22日 23:40
トッドはロック・スターですよね。 特にユートピアとやってる時は。 結局ギターが大好きなんだよな・・

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