Todd Rundgren (3)

音楽の聴き方ってのもいろいろあると思う。
そしてそれはその人の年齢とともに変わっていくのではないか・・・

昔バンドをやってたし、12歳以降、音楽と切れたことが一度も無い俺だから音楽好きの友達もいる。
残念に思うのは若い頃聞いてた音楽世界から一歩も出ていない人、出て行きたくない人が少なからず居る、ということだ。
あるいはそこから出て他の世界に行った人でも、その出て行き方が中途半端で、軸足は相変わらず昔のほうに置いてたりする・・・・・

俺の場合は20代後半でトッドに出会った訳だが、そのあたりで既に学生時代に聴いていたものは、ほとんど聴かなくなっていた。
昔のものが別に嫌いになった訳では全然無いのだが・・・ (嫌いになったのも少しあります)

例えば下の曲。 1985年のユートピアです。
学生時代にはこういう音楽はむしろ嫌いだった。



脳髄を芯から溶かすような危険なコーラス、
ポップでノリが良い4人組・・・
そう、今日はユートピアについて書きます。

ユートピアというバンドは74年の結成だが、個人的には完成形は77年の”RA”(ラー:太陽神)からの4人組になってからだと思う。
実は前年76年の Faithful" というアルバムはユートピア名義では無いが実質ベーシスト以外は最終型の4人組と同じメンツです。

それでユートピアというユニットだが、これは断じてトッドのバックバンドではない。
トッドはまあ、リーダーではあるけど、メインのボーカルを他のメンバーが取ったりするくらいだから、トッドは4人バンドのうちの一人、担当楽器は主にギターという役にはまっている。
そう、ユートピアって凄く風通しの良い「民主的」なバンドなんだよな・・・

このバンドの凄いところはメンバー全員がコーラスを歌えるというところで、トッドのコーラス好きが反映されてる。

いちおうトッド以外のメンバー紹介。
オレ、全員と直に話ししてるんで感じたことを伝えます。


Roger Powell : キーボード

え~っとこの人はユートピアの番頭さんですね。すごく真面目そうな人でちょっとユートピアみたいなポップミュージックのバンド構成員という感じじゃない。

ライブのときもこの人が始終ステージ上の目配りをしてる感じ。
だけどシンセサイザーで凄くサイケな音を出します。
あまりピアノを弾くことが無いんだけど、確かにピアノよりシンセのほうが特徴出せるタイプですね。

Kasim Sulton : ベース

オレは自分で弾いてたからベースにはうるさいの。
この人のベースは派手なところがなく、特別技巧に秀でる
わけではない。オレの中ではこの人はベース奏者というよりはユートピアではトッドに次ぐボーカリストと思ってる。

なにせユートピアって何年も活動してるのにトップ40に入ったのって一曲しかない。
その "Set Me Free" って曲のボーカルはカシムですから (笑)


それで実はこの人のベースはちょっと「芸人的」なんだな、って今回久々に聴いてみてわかった。
ベースの弦って普通はラウンド・ワウンドというザラザラした弦なんだけど「ズーン」とか「ブーン」というパワフルで伸びのある音になる。

それが出る70年代初期以前はフラット・ワウンドと言って
表面がツルツルした弦で、音質がウッドベースに近くて音の減衰も早かった。
音色は「ボン、ボン」と言った音になる。 チョッパーでは音にキレが無いから使えない。

現在ロックでフラット・ワウンドを使ってる人って少ないと思う。
これをあえてユートピアのような音にあわせるセンスは凄いと思う。
この曲です。 85年のアルバム "P.O.V." から。 歌ってるのもカシム。





ブルックリン出身、自身のHPではシンガー・ソングライターを標榜してて笑った。
この人ステージ衣装もキチンと芸人風にキメてて好感が持てる。 自分なりのポップスターの様式美を守ってるんだと思う。
このジャケ写真、左からウィリー、カシム、ロジャー、トッドです。


John Willie Wilcox : ドラム

シンプルでタイトでかっこいいんだよね。 ノリがすごくいいです。 
下の曲は84年の Welcome to My Revolution"

これ、バイクに乗って出撃するときの音楽だよね・・・・

てか、このドラム叩いてるヤツ絶対バイク乗りだろ、って思った。
バイクの緊張感、スピード感、若干暴力的な感覚が出てませんか?






それで会ったときにまず訊いたの。
「オタク、バイク乗ってるよねぇ?」 って (笑)

そしたら
「うん、乗ってる。 BSA に乗ってた。」

オレ
「ええ~~!!?? モレもBSA乗ってんだよ!!」

てことで、バイク乗り確定・・・ いやあ、こんなとこで英車が出てくるとは・・・・汗

______________

最初の話に戻ります。

自分は大学では必死にバンドに打ち込んでいた。
今思うと、それ以前の高校生の時と、その後社会に出てからは
バンドをやってた時よりも依存するほど音楽を聴きこんでいたことに気がついた。

高校は全寮制だったからなにかと追い詰められて、音楽に救いを求めた。

トッドを聴き始めた頃のオレって、いろいろ将来への不安とか
現状の反省とかで、ちょっと苦しくもある時期だった。
だからトッドみたいな強烈な音楽に「依存」してたところがあったように思う。
麻薬とか酒みたいなもんでしょうか・・・?

とは言え決して音楽に逃避してた訳でも、酩酊してた訳でもない。
ある種、人生の指針みたいなものをトッドの歌詞から聞いていたとも言えるし、
あのエネルギーを受けて自分の生活の糧としてたんだと思う。
音楽で食うことは出来なかったけど、トッドの音楽を食って生きていたようなものだ。

そこではどうしても「依存」の色合いが強まってしまう。

80年代後半からトッドは毎年のように来日してる。
当然コンサートはすべて行った。

92年5月、中野サンプラザでの日本最終講演の夜、どうしてもトッドと
話がしたくなったオレはコンサート後に楽屋に突撃・潜入した。
そしてトッドとユートピアの面々と実際に会うことが出来たのである。

・・・・それが「トッドの音楽」への依存を断ち切るきっかけになったのだから、人生って不思議だよね・・・



(つづく)

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