Jim Croce

少し秋めいてきましたな。

今日は今月誕生日のオレが、ちょっと回想にふけるエントリー・・・・


ジム・クロウチ (1943 ~ 1973) フィラデルフィア出身


フォーク歌手、シンガー・ソングライター。 

この時代にあいついで亡くなった J がイニシャルの三名、すなわち ジミ・ヘン、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン は有名なんだけど、
かねてからオレは、この人を入れて四つの J にするべきだ、と主張してきた。

案外、今の若者が知らないっぽいのは遺憾であり、、この人は聴いたほうがいいと思ってます。

シンガー・ソングライターとしては異例の大ヒットをいくつか飛ばしたので、商業的に大成功を収めていたにもかかわらず、
異常に地道で素朴で飾り気が無い音楽。

アメリカのシンガー・ソングライターの系譜はウディー・ガスリー、ピート・シーガーを経て、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズに至って社会批判のプロテスト・ソングというカラーが強まってくる。
また、フォーク音楽の主流派には電気楽器を嫌う素朴一本やりという流れがあり、土臭いものだ。

だからディランがエレキを弾きだした時、頭の固いリスナーは騒然となり、受け入れ拒否に走ったりもした。

カントリー音楽では電気楽器はベースやギター、エレキ・ピアノまでは普通に使っても良し、という決まりがある。
つまりフォークよりも電気楽器への規制が緩和されている。

ある種のピューリタニズムと言うか、禁欲的というか、フォークの世界は、アメリカのあらゆる音楽ジャンルの中では
そうした色が最も強く現れることがある。

そういうフォークから少し脱線して自分で歌を作って歌うのがシンガー・ソングライターだが
普通、彼らの中にはフォークの禁欲的なところと、電気楽器への規制を嫌い、
より商業音楽に近づいた路線を、ためらうことなく選択してきた人も目につく。

ジム・クロウチが偉大なのは、フォークと決別した点が、特に禁欲的でも、政治的でもなく、普通の日常を歌うところだろうか。
でもサウンドはフォークのままなのだ。






実はクロウチが売れたのは亡くなる直前の、わずか二年ほどであった。 だから少なくとも、彼が商業音楽への路線に走るヒマはなかったと言える。
もし長生きしていたらジェ-ムス・テイラーのように売れ筋な音を出していたかもしれないが、
ヒットした途端に亡くなってしまったということは、、あの時代のアメリカの、商業的ではない音楽がそこに凍りついて動かないまま保存されたことになる。

死後にレコードが売れ続けたのは、この後、シンガー・ソングライター達が急速に変質し、数年のうちにボズ・スキャッグスやビリー・ジョエルらの登場を見るからでもあろう。
素朴な音楽の全米大ヒットというのは、この人以降はほとんど皆無なのではないか? 






え~っと、コモドアーズのライオネル・リッチーに似てるよね 汗

イタリア系。 最初はクラブなどでR&Bからカントリーやポップスを歌う歌手だった。

事実上のレコード・デビューは69年。
全国をライブでまわりニューヨークに住むようになるが、音楽業界とニューヨークに疲れ果て
一時期は音楽を離れ、ラジオ局などで働き、最後は軍隊など職を転々とする。

その後音楽活動を再開、72年にLPを二枚出して復活するが、これが大ヒットになった。
だが73年、飛行機事故によって亡くなってしまう。

亡くなった直後にリリースされた有名なヒット曲で、映画 "Last American Hero" の主題歌。

(同時代の ジョン・デンヴァー なんかよりイイでそ? 漂泊者な感じが・・・・)




ジム・クロウチの命日は9月20日です。

現在は息子の A J クロウチが歌手として頑張ってるようですが、親父とは全然違う音楽性ワロタ。






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