Liam Clancy

英国の芸人音楽について考えてみる。

当部室では、長年継承されるたあるスタイルを持つ音楽を、芸人音楽と定義している。
聴衆はそのスタイルを期待するから、演奏や歌で答える音楽家もそのスタイルを堅持する。

伝統的なテクニックが継承されるうちに洗練され、音楽家の実力がシビアに吟味されることになる。
芸人音楽の人気者は卓越した音楽家であることが多い理由である。
聴いていて安心できるのだ。

かつて大衆芸能とはすなわち芸人音楽であった。
ところがおおむね1960年前後から、世界中でこの流れに属さない音楽が出てきたように思う。

英米のロック、ジャズ、ブラジルのボサ・ノヴァなどがそれだ。
それらを総称してここでは自由音楽と言っている。

雑誌連載など通俗的な小説が直木賞であるのに対し、純文学には芥川賞がある。
前者が芸人音楽、後者が自由音楽と考えればわかりやすい。

しかしここ2~30年、芥川賞ではロクな作家が出ていないように見えるのと同様に、自由音楽は往々にしてツマラないものも輩出してきた。
それは伝統芸能(芸人音楽)との接点が希薄な人であるほどそうなる、と言っても良さそうである。


前回、アン・ブリッグスを調べていて芸人音楽を自由音楽の方向で歌った人、という印象を持ちました。
それがその後の英国音楽のひとつの流れを作ったとも書きました。
ブリティッシュ・トラッド音楽を新しい解釈で演奏していくスタイルです。

英国音楽がアメリカ音楽の亜流であることを免れ得た大きな理由は、早い時期に自分たちの伝統音楽を取り入れたことにあるのでは?
足が地に着いていた、ということです。

ツェッペリン も イエス も ヴァン・モリソン もトラッド音楽を演ることがあったよな。
だから バート・ヤンシュやアン・ブリッグス が先導したトラッド・フォークの流れは重要だったんです。

そこで今日は英国の芸人音楽を見て行きますが、その芸のありかたがアメリカとはちょっと違っているあたり考察してみたい。 (アイルランド音楽ですが英国でも人気があったので、ひとまず英国音楽とします)



リアム・クランシー (1935 ~ 2009) アイルランド人


50~60年代にはクランシー・ブラザースのメンバーとして活動、アイルランドにとどまらずイギリス、アメリカ、カナダでも人気を博した。
ボブ・ディランはリアム・クランシーのバラードから影響を受けたと告白している。

典型的アイルランド音楽です。 これ舟歌ですな。




リアムはちょっとだけ俳優でもあったから、歌もどこか演劇的なんです。

ステージ衣装が普段着である点、他の芸人音楽とは異なりますが、もしかしたらこの衣装が典型的アイリッシュの労働者を演ずる芝居であったのかもしれない。 ともあれ人懐っこい表情はアイリッシュそのもの。





アイルランドは貧しい土地で、たびたび襲う旱魃の年には多くの餓死者を出した。 アメリカに移民として渡ったのはアイルランドでは食えなかったからだ。
カトリックのアイルランド人は同様に貧しいイタリア移民と並び、アメリカでの地位は決して高くは無かったようです。

貧しい土地でそれでも生きていかなくてはならない宿命・・・・アイリッシュ音楽の飾らないストレートな哀愁は、日本人の胸にも迫るものがある。


これはアメリカで言う黒人霊歌(ゴスペル)に近い。 クランシーは司祭、参列者をリードしながら一緒に歌っている。
芸人音楽は主に労働者の娯楽から始まったように思うが、アイルランドやスコットランドの音楽には、それに加えて祈りのようなものがあると思う。
娯楽の意味が違うのだ。




なにか異様にシミジミする音楽だよね・・・・ アイリッシュ・ウィスキーよりも 「芋焼酎お湯割り」 のほうが合うんじゃねーの?
まさに白人のブルース、そして演歌だよな・・・・

日本人にもジ~ンと来るのは北欧ケルト文明が多神教であった点、わが国の神道と同様であるからだとも思う。

まぁ今日はムズカしい話はやめておきましょう。





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この記事へのコメント

イラク
2011年10月31日 14:10
アイルランド音楽、心にしみます。
最近は習わないようだけど、学校唱歌にアイルランドの曲がありましたよね。
イングランドに支配されてからのアイルランドは不幸の連続。
特にジャガイモ飢饉は酷かった。
歴史を思うと、特に胸にしみる。
変態通行人
2011年10月31日 22:50
気候厳しい土地だからかな オセンチなりますね。
アンティークのモチーフもこの辺は枯れた土地でも育つ雑草 あざみ。。。しみじみするおんがくでした。
好調
2011年10月31日 22:58

「蛍の光」など、もはや日本の歌の一部ですからね。
この万人の胸に迫る切実な哀愁はどこから来るのか?

いちどアイルランドを訪ねてみたいところ。

司馬遼太郎の愛蘭土紀行でも読み返すかな・・・

 

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