イタリア音楽(7) 最終回

また時間があいてしまったのはイタリアのジャズを調べたりしてたからです。
なんか収穫が無いんだよな、このジャンルも・・・・

イタリアにも普通にジャズは存在してます。 ビッグ・バンドやスイングからバップやフリーまでひととおり揃ってる。

だけど、そこにイタリアならではの特徴とか、オリジナリティーがあるかと言うと疑問なんだよな。
優れたプレーヤーは居るにしても国籍不明な感じ。 あるいはひとくくりにユーロ・ジャズと呼んでしまっていい、と言うか・・・

つまり、あえてイタリアン・ジャズという明白な音楽性が無いとなると、際立ってくるのは個々人の個性のみ、と言うことになってくる。

ジャズってそれほど熱心に聴いてるほうじゃないんで、こうなるとちょっとシラけるわけ。

あえて特徴があると言えば、バップやらもっと前衛なジャズをやっても、どこかおっとりしてると言うか、カドが立たないと言うか、つまり
精神的にはスイング期のままずっと来てしまった感じ。 刺激が無いの。 

以下57分もある動画ですが、トランペット&フリューゲルホーン奏者、パオロ・フレスの2008年ライブ。
おそらく現代イタリア・ジャズ界の名手達による演奏と思われ、この場で紹介するのには絶好のサンプル。
ギターはちょっとジョン・スコフィールド的です。(3:50からのソロとか)

わりと前衛的なジャズですが、何故か古典音楽のような安定感があり、そこが面白いのか、モノ足りないのか・・・・





なんつーか、ポーランド・ジャズにあった、クールな前衛気分が全く希薄なのは何故ですかね?
そういう気分は、むしろBGM音楽や映画音楽のほうが進んでいるのは明白で、おそらくイタリア音楽界におけるジャズとは、他のジャンル同様、そういうBGM音楽の
下請け的な部分が確かにあるように思える。 やはりイタリアにおけるポップ・ミュージックの質的主宰者はBGM音楽なのだ。

思えばイタリアのクラシック音楽の頂点はバロック期のヴィヴァルディやスカルラッティの頃なのかもしれない。
その後のロッシーニやプッチーニ、ヴェルディといったイタリアの作曲家は、どれも通俗的と言って語弊があるとしたら、まあポップな部分がドイツやオーストリアの
クラシック作曲家たちよりはあるように思う。 

ポップ・ミュージックが前衛的になったり、精神的になったりしないのはそういうところに関係があるのではないか?
つまりポップスとクラシックの境界が曖昧である。
あるいはイタリアでは古典が素晴らし過ぎるうえ、日常生活にも相変わらず浸透しているので、前衛的なポップミュージックが育つ必然性が低いのかもしれない。

と言うのがイタリア音楽を聴いてきての感想です。

例えばクラシック音楽が不毛に近かった英国が、20世紀後半のポップミュージックでは先頭を走ってた事を思えば、やっぱりそう考えていいのかもしれないよな・・・・

70年、プログレッシヴ・ロックに分類されるローガン・ドゥワイトから。
バンド名も歌詞も英語、音もこの時代のブリティッシュ・ロックそのまんま・・・・・ 痛々しいほどのアイデンティティー・クライシス。(←自己を見失ってる、てこと)




この他、イタリアのプログレではPFMとかゴブリンなどが有名ですが、オレは苦手なんでパスします。


以上でイタリア音楽は終わりにしますが、なんかこういうミもフタも無い結論ではイタリア音楽に失礼なんで、最後にサム・パーリアのカッコいい曲を聴くことにします。






**でもなんかフに落ちないんでイタリア音楽は引き続き研究して、だいぶ先にでも発表します。







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  • イタリア音楽(8) イタリア再訪

    Excerpt: 去年の夏頃イタリア音楽を探求して、なんだか不完全燃焼な結論でいったん終わりにしたんですが、その後も少しずつ聴いてました。 「伊太利亜音楽のカナメはライブラリー音楽とか映画音楽だ」 という結論めいたも.. Weblog: トリニティースクール音楽部 部室 racked: 2013-10-24 18:21