追悼: George Duke



いつか紹介しようと思ってたんですよ、この人・・・・悲しいけど今月5日に亡くなってしまい、ちょっとショックです。

46年カリフォルニア生まれ。 ブラック・コンテンポラリーと言われるジャンルの立役者。


ジャズからスタートした人です。レコード・デビューは66年ですが70年以降はすでにジャズと呼べる音楽ではない。
そして70年代中盤、フランク・ザッパと活動していたことに注目したい。

ザッパの音楽は実は非常に緻密に作られていて、その楽団のキーボード担当にデュークが抜擢されたのはザッパがクロスオーバー音楽を追求していたことに他ならない。 デュークとザッパはおそらく対等の立場であり、ザッパはデュークの、デュークはザッパの影響を等しく受けあった、と見るのが妥当ではないか?

この人がたまに見せる、妙に大袈裟な音造りはザッパの影響だと思う。
さらにザッパのギターソロとデュークのシンセサイザーのソロの感じにも共通点を見てしまう。
ザッパはジャズっぽいロック、デュークはロックぽいジャズ、両者ともに異端児で共鳴しあったのだろう。

以下、74年のライブ。メイン・ボーカルはジョージ・デューク。
ザッパの長いギターソロ、マリンバのソロに続き、7:30あたりからデュークのキーボード・ソロ。

(それにしてもザッパのギターはカッコいいよな・・・)





この後のジョージ・デュークは今月亡くなるまで、一貫してソウル&ファンクの世界を追求していたと言って良い。
まずは79年、ディスコ・ミュージック全盛時代でもデュークの音楽は劣化しない。

カッコいいギター・カッティングはチャールス・イカルス・ジョンソン、デューク子飼いのギタリストだ。
特徴的なノリのドラムスはリオン・チャンスラー、ベースはバイロン・ミラーで、70~80年代の黄金コンビ。





79年は二枚もアルバムを発表、脂の乗り切った時期である。
次はデュークお得意のソウル・オペラとも呼べそうな壮大な曲。
ドラムはチャンスラーと並び、この時期のデュークを支えたリッキー・ローソン。 ノリがチャンスラーに似ている。





95年、リード・ボーカルはジェームス・イングラム。
デュークは「ジョージ・デューク楽派」と呼べそうな一派を形成しており、特にボーカルは多くのシンガーを輩出している。
ステファニー・ミルス、ダイアン・リーヴスなどの女性歌手がそうだ。

ただしボーカリストとして超一流の歌い手がいるかと言うとそうでもなく、あくまでデュークのバックで歌うと光る感じである。
(器楽奏者のほうはデュークに育てられて一流になった者が多く、ベースのクリスチャン・マクブライド、ギターのノーマン・ブラウンなどが有名。)






そうやって若手を多く育てたのもデュークの功績であり、また若手とプレイすることによって、その感性を常にフレッシュに保ったとも言えるだろう。
若手から見れば「頼れるオヤジ」であり、慕われていたに違いない。
以下、2005年の録音、バイロン・ミラーやチャンスラーと言った常連ではなく、オレが知らない若手達と演っている。
これもそうですがデュークのアルバムの一曲めは、いつもいかにもオープニング、何かが始まる期待感をおこさせる曲でした。






デュークはエレキ・ピアノよりも生ピアノのほうを多用したが、弾いているのはヤマハ製のようだ。 硬質で粒立ちが良いヤマハの音は確かに彼の音楽には合っている。
ハンコックと違い、この人にはローズが合わないようにも思う。タッチが強力だからだ。

だが、ジョージ・デュークと言えばやはりシンセサイザーで、初期のムーグからARPオデッセイなど、シンセの進化にずっとリアルタイムでつきあってきた。
何よりこの人の出すシンセの音は時にセクシー、時にエグく、他の誰よりもシンセサイザーを歌わせたと言っていいだろう。

最後はそんな彼のシンセを堪能できるラブ・バラードの名曲を。 97年です。
キレのいいピアノもこの人らしい。 






なんだかブラック・コンテンポラリーとか、スムース・ジャズと言うとそれだけで聞く気を失くしますが、ジョージ・デュークの場合はつい新譜を買ってしまうことが
多かった。いつも新しい音がスリリングで、結局最後まで老けこまない人だった。

20代からずっと聴いていて、下降線を辿らなかった人ってなかなか居ないんだよな・・・

今年発売されていたラスト・アルバムも聴いてみようと思います。

合掌・・・・・






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