キューバ音楽とアメリカのこと



キューバ音楽を語る資格はない。 なにせ10年以上前に話題になって、見よう見よう、とずっと思ってたキューバ音楽の映画 「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」を、やっと友人と見たのは去年だったし、実はそれまでキューバ音楽を真面目に聴いたことはなかったから。

だけど、だいたい判った希ガス。      それほどあの映画は良かった。

映画を作ったのはライ・クーダーです。アメリカ人って文化的にも音楽的にも帝国主義的な部分があって、たとえば一部のブラジル音楽はその為にずいぶんひどいメにあってる。 だからライ・クーダーのように自国のメジャーな音楽の影響を極力排除した上で、いろいろな「辺境の音楽」を聴き、虚心な気持ちで自分も演奏してみせながら世界に紹介する、という純粋な姿勢はもはやアメリカ人とは思えない。

え~っと、ライ・クーダーの話題は今日はここまでね 笑

キューバの地元で演奏されてる音楽のひなびた感じ。 演奏者の多くが老人という事実もその感を強調させる。
それがそのままニューヨークに行ってコンサートを開く。
コンサートは成功だったが、なにせ華やかなNYであのひなびた感じは少し違和感があったくらい・・・

このコンサートは1998年だからブラジル音楽のアメリカ上陸に遅れること36年である。
まぁキューバ音楽ははるか昔からアメリカではポピュラーだったから、これをもってキューバ音楽のアメリカ上陸と言うことは絶対に出来ないが・・・・

62年のボサ・ノヴァが、カーネギーホールに集まったジャズの大御所たちをうならせ、ボサ・ノヴァ・ブームが一挙に広まったのと同等の衝撃は、
同じカーネギーで開催されたキューバ伝統音楽には無かったと思う。 このあとキューバ音楽が一挙にブレイクした、とは言えないからだ。

だけど、少なくとも日本では、僕がここで書いてるくらいだから、音楽好きの間ではけっこう影響力があった、と言えます。

アメリカ人が衝撃を覚えたとすれば、それは普段聞きなれてるラテン・ミュージックの原型を目の当たりにし、北米一般の洗練されたラテン音楽との距離にあったのでは?

上の動画は2008年ロッテルダムでのもので、この映画の主役のひとり、オマーラ・ポルトウンドの歌。一流のキューバ音楽奏者をしたがえてる。
オマーラ78歳(!) これがブエナビスタの頃の音楽よりだいぶ洗練されてるのは言うまでもない。洗練されていてもオマーラの凄さに変わりは無いが。

オマーラのHPには自伝がある。

それによれば戦後アメリカで活躍していた彼女は61年のキューバ危機のとき、キューバに戻る。政治が音楽に悪影響を及ぼした格好だ。
多くのキューバの音楽家がアメリカに行ったままになってしまい、キューバで演奏する人間がいなくなってしまった。
そしてアメリカとの文化的断絶はオマーラがキューバの伝統音楽の多くを背負う契機になる。

つまり60年代のキューバは孤立していたぶん自国文化に向き合ったのである。 いわば真空パックの状態が長期間続き、独自の音楽を発酵させた。
その封印が解かれ、伝統的キューバ音楽が世界に向けて紹介されたのがあの映画だった。

豊かなアメリカではキューバ音楽も当然洗練されていく。 でもブエナビスタはその原型を見せてくれた。
もしかしたら、ブエナビスタに衝撃を受けたのはアメリカでずっと暮らしてきたキューバ人だったかもしれない。

まぁ、だけど洗練されていようがいまいが、キューバの音楽は同じですね。 ハートが熱い。 滋味がある。
結局キューバ音楽は、ほとんど原型はひとつであって、あとはそのヴァリエーションのような気がする。
優れた音楽ではあるが、いかんせんバラエティーに欠ける。

悪く言えばシンプルなキューバ音楽は北米には受け入れられやすかった。 南米の音楽大陸、ブラジルの多様な音楽に比べれば・・・


** 下記 ブエナビスタの映画紹介動画。 埋め込み不可につき、URLをクリック。

http://www.youtube.com/watch?v=6JEdf7XsV5g


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以上、キューバ音楽を三日間考えてて更新が遅れました。
「アメリカの中のラテン音楽」 についてはこれで一段落とします。

次はブラジルのこと書きたいけど、もうちょっと先にします 笑





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