ポーランド音楽(5) Urszula Dudziak

ポーランドからアメリカに渡って成功したミュージシャンは何人かいるが、ブラジル音楽でも見てきたとおり、アメリカでアメリカ人達と録音すれば出てくる音がだいぶアメリカナイズされてしまう事は覚悟しておいたほうがよい。

そもそもブラジル音楽がじわじわとアメリカに浸透し、アメリカン・ブラジル音楽と言ってもよいジャンルが出来たのと違って、ポーランド音楽にはアメリカに影響を与えるほどユニークな要素は無いと思われる。

もともとブラジルには独自の音楽があったのと比べて、ポーランド独自と呼べる音楽は、おそらく民謡とクラシック音楽くらいのものだったのだろう。

アメリカから来たジャズをポーランドで勉強し渡米して演奏するとなると、前面に出せるようなポーランドの独自性もなく、結局は個人の個性で勝負するしかない。
この点渡米して活躍する日本人ジャズメンと同じ、と言えるだろう。

ブラジル音楽は北米と同等の豊穣な多様性を持っていたから、彼らにしてみればアメリカには音楽的にそれほど引け目は感じなかった筈だ。
むしろボサ・ノヴァの登場などアメリカの音楽シーンに激震を走らせたと言ってもよいのだから、両者の関係はほぼ対等だったと言えると思う。


いっぽうポーランドの場合、音楽的にはアメリカの後追いをすることが多かった、と考えられる。

しかし唯一アメリカに対抗し、あるいはそれを凌駕するほどに深みのある分野は「思想」と言うか、「自由に対する憧れ」といった、多分に左脳的な世界であろう。
もともと音楽は右脳が分担すると言われるが、そこにポーランドが持っているヨーロッパ文化の長い伝統が左脳を通して侵入したとき、すなわちポーランド独自の音楽が鳴り始める。



ウルスラ・ドゥジャック  (1943~)  ジャズ・シンガー。  70年代初頭アメリカに渡り、72年から今日まで16枚ほどのアルバムを発表、ほとんどがアメリカ録音と思われる。


75年、スティーヴィー・ワンダー・バンドの強力ドラマー、ジェラルド・ブラウンほか、アメリカ人達と。
かなり危険なボーカルが、上等なクロスオーバー音楽のバックアップで炸裂。





77年、ドラムはスティーヴ・ガッド、パーカッションはブラジルからドン・ウン・ホマゥン。
歌の部分よりスキャットのほうが音程がしっかりしてるのが不思議ですな・・・





79年。 ベースに無名時代のマーカス・ミラー、 ドラムスはバディー・ウィリアムス、 ギターがジョン・アバークロンビーに、キーボードはケニー・カークランド、 とけっこう前衛的な布陣。 
ブラジルのフローラ・プリンと似てる世界だが、曲名が「新幹線」てのが・・・



フローラ・プリンはじめ、どんなブラジル人でもアメリカで録音するとブラジリダーヂが不足して、アメリカナイズされていることにいくぶん不満を感じるものだが、ウルスラにはそのような感想が出て来ない。
ブラジルやアメリカと言った、強固で広汎な音楽を背後に持たないポーランドの宿命なのかもしれない。

それよりも聴きどころは、彼女の前衛性にアメリカ人達が引き入れられて夢中になっている演奏だと思う。

ウルスラはヴァイオリン&サックス奏者のマイケル・ウルバニアックの妻で(離婚してますが)上記三曲も全てウルバニアックが参加している。
ウルバニアックが電気ヴァイオリンとか「リリコン」という電子サックスを探求していたのと同様、彼女もボーカルをシンセサイザーにつなぐなどの実験をやっていた。

東欧の密かな前衛趣味と言うか、彼らがアメリカで存在感を出すためには、そうするしか無かったとも言えるんではないでしょうかね・・・・?




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    Excerpt: またポーランドで女傑を発見したので紹介します。 Weblog: トリニティースクール音楽部 部室 racked: 2014-11-08 22:57