追悼: Richie Havens



訃報が続きます。

4月22日、リッチー・ヘヴンス没。

いつか真面目に聴いてみようと思ってて、ずっとそれをサボってきた人が急に亡くなるとアセるんだよな・・・

リッチー・ヘヴンスはLPを一枚持っている。
何回聴いても大好きにはなれない音楽という印象だった。
気になるのは、アメリカでの高評価と人気が、日本ではほとんどゼロに等しいこと。
リッチー・ヘヴンスが好きなやつには会ったことがない。

我々日本人から見ると、この時期の黒人音楽といえば、ブルースかジャズ、ソウルしか考えられない。
ところがこの人の音楽はそのどれでもなく、フォークソング色の濃いものだった。

この時点で一種のとまどいとともに、そういう音楽は歌詞が大切そうだけど、英語の歌詞はわかんないから聞くのはやめた、というオレ同様のパターンが多いと思う。
なんか「メンドウな音楽」という偏見は、続く70年代、あらゆる音楽が良くも悪くもどんどんポップになっていったことが大きい。
この人の音楽には無駄なものが無さ過ぎた。

まぁなんと言うか、フォークにしては黒いんだけど、黒人音楽ファンからすれば黒さがモノ足りない、フォークと黒人音楽、どちらのファンからも支持が得られない、そんなところが日本で不人気の要因と考えられる。
まさに悲運のクロスオーバー音楽家だ。
いっぽうアメリカでの人気は、69年のウッドストック・フェスティバルで最初の出演者がこの人だったことにつきる。

伝説の巨大イベントは彼の反戦歌によって、その幕が切って落とされたのだ。





イントロの途中でギターのチューニングが始まるのがカッコいい。 (この人は常に変速チューニングだ。)

リッチーは3時間もステージに立った。 次の出演者が到着していなかったための時間稼ぎだ。
50万人とも言われる空前の観客が押し寄せた会場付近には大渋滞が発生し、出演者の多くが開演時間に間に合わなかったのである。

ただし3時間ダレなかった。

熱狂した観客の数度のアンコールに持ち歌を全て唄い尽くし、最後のアンコールにアドリブで歌ったものがヒット曲になる。

ところでウッドストックは時代の転換点だった。フォーク・ソングやプロテスト・ソングの流行が蔭りだし、電気楽器・大音量のロックが主流になってくる時代である。
ボブ・ディランもすでに「電化」しており、多くの音楽は黒人音楽から派生してきたリズムを重視するものだった。

生ギター一本で歌いあげるフォークのスタイルはすでに陳腐になっていたのである。

そんなフォークの側からはリッチーの他にはわずかにジョーン・バエズとアーロ・ガスリーが出演するいっぽう、三日間に渡るイベントのほとんどはロックで、大トリはジミ・ヘンだった。
なんとも象徴的である。

考えようによってはウッドストック以降、ジョーン・バエズが体現したフォーク・ブームは終焉を迎え、以後ロックがメインストリームになる。
リッチーはこれによって人気者になったのだから、フォーク・シンガーとしては例外的だったと言えよう。

ちなみにウッドストックの出演者は白人がほとんどで、黒人パフォーマーはリッチーの他にはスライとジミ・ヘンくらい。
30数バンド (人) のうちの3人となると1割しかいないわけで、まだまだ黒人差別があったようだ。


さて経歴を見てみよう。

1941年、ニュー・ヨーク、ブルックリン生まれ。インディアンと黒人の混血。
61年、20歳の頃、同じNYのグリニッチ・ヴィレッジに移り住み、はじめは絵を描いていた。
次第にフォーク・ソングに傾倒し、自らもギターをとって歌いだす。レコード・デビューは65年。

この時代のアメリカ音楽においてグリニッジがどれほど重要だったかは、以下の過去記事を参照。


カレン・ダルトン




ウッドストックでのステージぶりが話題となり70年代初頭に人気を博す。
しかし70年代の後半に向かい、次第に環境問題にも打ち込むようになる。
このあたりジョーン・バエズと似ている。

ただしリッチーは音楽をやめることなく、アルバムを出し続ける。ちょっとディスコ・ビートっぽい曲をやったりもしたが、
資本家に魂を売り渡すことはついに無かった。

ようつべでいろいろ聴いてみましたが、最後のアルバムが印象的でした。
2008年、彼の集大成とも呼べそうな佳作です。

「鍵」という曲を聴いてみて。
リッチーの歌は歌詞が重要になるので翻訳を載せます。
同じ曲のライブもどうぞ。



**概約**


どこかに鍵がある
君と僕の間の、つまらないこだわりで出来た扉をあける鍵が

どこかに場所がある
人類が滅びる前に魂と魂が向き合う場所が

どこかにチャンスがある
民族同士がぶつからないチャンスが

嘘のない場所がどこかにある
真実と美が生き残り、太陽が僕と君の道を照らす場所が


*****


ライブ版。スタジオ版と比べて遜色がない。生ギターのカッティングがかなりの腕前であることがわかる。リズムが凄い。





アルバム最後の曲、つぶやくようなボーカルだが、しみじみとした味わいが胸を打つ。




**概約**

助けてください
私はここに堕ちてきました
道に迷って孤独なんです
でも大丈夫、太陽は明日も輝くから・・・・

*****


歌詞を見ると60年代後半~70年代初頭の音楽によくあったメッセージだよな。 当時の音楽はこういう指向性を持ったものが多く、それはその前のフォークから受け継いだものである。
しかし70年代には「音楽は楽しむものさ」 という気分が支配的になり、こういうメッセージを持った音楽は煙たがられる傾向にあった。

だが69年のウッドストックには、スピリチュアルな気分が横溢していた。
天の采配というべきか、イベントの最初の3時間をこの人が務めたことが、つまり最初のパフォーマーの個性が多分に哲学的だったことが、このイベントに好ましい方向性を与えた。
あやうく商業主義に飲み込まれる寸前のロック音楽が、そうはならずにロック本来の純粋なエネルギーを発散できたのは、この大会がリッチーの歌で始まったことも大きいように思う。

最後まで筋を通したリッチー・ヘヴンスの死因は心臓発作、72歳でした。

合掌・・・・・



*********

ところで、このブログで最初に紹介したジェリー・ジェフ・ウオーカーの稿でリッチー・ヘヴンスに言及していたことを思い出しました。こういう高尚な人の名前が第一回目に出たことで、ウッドストック同様このブログにも何ほどかの好影響があったと信じています。

訃報と言へば、10 Years After の Alvin Lee も3月に亡くなりました。
残念ながらこの人については語る言葉を持たないので紹介しませんでした。





この記事へのコメント

この記事へのトラックバック