Gabor Szabo



もう30年以上前に買ったLP、当時は面白いと思わず全然聴かないでいたのに、今聴いてみるイイ、なんてことは歳をとるとよくありますな。

ガボール・ザボも最近再発見した人で、なんとなくフランス人だと思ってたら違いました:

1936~82  ハンガリー、ブダペスト生まれのギタリスト


1956年ハンガリー動乱を逃れて渡米、バークリー音楽院に学ぶ。 60年代に新しいジャズの開拓者となる。
ただし正統的なジャズと言うよりは、ハンガリーのジプシー音楽、民謡、ロックやソウルの要素を持った独特のスタイル。
カルロス・サンタナはザボの影響が強く、Black Magic Woman はザボのメロディー。

70年代に早弾き競争みたいになる以前のロックギターのひとつのスタイルを作ったとも言える人だと思う。

60年代の後半からはポップスのヒット曲をカヴァーしたものが多く、ビートルズやカーペンターズなど、ともするとBGM音楽に堕してしまうような選曲。 
しかしどれも手を抜いた演奏ではなく、なかなか聴かせるものが多い。 あるいはレア・グルーヴというかブラック・ミュージックの影響も強い。


そうして70年にはブルースのレーベル、ブルーサムからボビー・ウーマックとの共演盤を出し話題になった。
これ、サイド・ギターはウーマック。






ザボの音楽に低俗なところがなかったのはライブを聴いてみれば明らかである。

72年録音のライブ。 エコープレックスなるエフェクターで作るフルートの不気味な音場に、ザボのギターも高揚していく。
オレが30年放置したのはこのレコード。






74年、故郷ブダペストでのスタジオ・ライブでバックは全員ハンガリー人。
ハンガリーのミュージシャンの質が高かったことがわかって興味深い。 1時間以上ある動画ですが、とりあえず一曲目、5:20あたりから最後までのソロはぜひ聴いて欲しい。
おそらくなんらかの薬物の影響下での演奏と思われるが、この人の歌心がよく出ている。 
多くの場合、ザボはマーチンのアコギにピックアップ・マイクをつけて弾いていて、なぜエレキを弾かないのかは謎ですな。





76年にジョージ・ベンソンのヒットとなった "Breezin' " は70年にウーマックがザボのために作った曲。 
このライブでのキーボードはボビー・ライルだ。






77年、上等なフュージョン音楽か・・・






オレが60年代末から70年代中盤くらいまでのクロスオーバー音楽に惹かれることは度々言及してますが、ザボの軌跡はクロスオーバー音楽そのものだと思う。
ただし70年代の洗練されたそれではなく、不器用に手探りで進んだ本当に初期のクロスオーバー音楽だ。
ハンガリーから出てきて自分のアイデンティティー確立には相当悩んだだろう。
今聴いてみると、ザボの音楽には常に一種の陰影があり、暗いと言えば暗いし、瞑想的であるとも言える。

アメリカでなく、英国に渡っていればユニークなプログレッシヴ・ロックを演奏したのではないだろうか?

発表したアルバムは20数枚。 78年録音のチック・コリアも参加した最後のアルバムは、アメリカではなく、ハンガリーのレーベルから81年に出ている。 アメリカの音楽業界からは見放された訳だ。


45歳で亡くなったのは長年のドラッグ中毒による内臓疾患が原因。
ドラッグで死んだ多くのロック・スターはザボより10歳若かったが、ザボより10年早く死んでいる。
彼等の場合は人気絶頂の中での死であったがザボはそうではない。

アメリカ音楽が急速に荒廃し始める70年代末、良心的な音楽を紡いできたザボの命運も尽きたと考えるとやりきれない淋しさを感じてしまう。










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  • 秋の夜長に・・・

    Excerpt: イタリアのラウンジ音楽に長居しているうちに、しばらく他のジャンルから遠ざかってしまい、かといってこれ以上紹介できるようなラウンジ音楽も見つからず時間だけが過ぎていく・・ Weblog: トリニティースクール音楽部 部室 racked: 2015-11-23 00:28